イタリア代表のMF。メインは左WBから左SB、3バック、4バック左CB、3バックの中央まで左半分のディフェンスライン全てを高レベルでプレー出来る選手。特に左SBの上下運動は回数が多く、相手選手にとってすごく脅威的だった。 90年代~2000年代半ばあたりまでのイタリア人サッカー選手の顔で、ミランのバンディエラ(旗頭、クラブの象徴的な選手)でもある。日本でもサッカー雑誌の表紙を飾ることも多かった選手。
ミラン下部組織出身で、そのままトップデビューし、25年間ミラン一筋でプレーした選手。その間にリーグ戦7回、カップ戦1回、CLも5回優勝など数々のタイトルを獲得に貢献した。 ミランのトップチームに昇格した際は、左SBとしてプレーし、バレージやコスタクルタの出場停止などで左CBに入った。バレージ引退後は3バックシステムで左CBでプレーし、コスタクルタの不在時に中央に入った。 ネスタ加入後は4バックの左CBでプレー。スタム加入後は4バックの左SB、左CBでプレーし、引退最後のシーズンは4バックの左CBでプレーした。 最後の試合は、イタリアのガゼッタ・デッロ・スポルトなどの各誌に掲載されるプレー評価が、いままで25年間のプレーに敬意を評し満点の10点だった。
イタリア代表では126試合出場。ミランとイタリア代表でキャプテンだったバレージからキャプテンシーを引き継ぎプレー。ワールドカップは取れなかったがイタリア代表の顔としてチームを牽引した。
左CB時代は、安定した守備と積極的な攻撃参加で世界No.1のSBと言われた。その後、ネスタとの左CBでCL制覇した際の守備力は今でも、歴代No.1の一つと言われている。 状況判断の良さやポジショニング、1対1で負けない守備、積極果敢な攻撃参加、キャプテンシーなどどれをとっても一級品レベル。